133

    322:
    名無しさん@おーぷん 2015/01/06(火)10:02:41 ID:eG2
    先月かーちゃんが亡くなった。
    もうかなり前から体調悪かったみたいなんだけど気付かなかった。

    気付かなかったってのは違うか。
    顔色が悪かったりすぐ息が切れたりしてたのは知ってた。
    けどただの風邪程度だと思ってたから心配なんかさらさらしてなかったんだよ。

    かーちゃん自身も

    「どうせ風邪だから病院なんか行かないわよwもったいないw」

    つってガハガハ笑ってたし。
    普通に考えたら、本当に風邪程度だとしてもちょっとぐらい気を使ってやるのが当たり前なのに、かーちゃんはそんな事しなくても大丈夫だと信じ込んでた。
    2ちゃんの有名コピペであるじゃん?
    かーちゃんはみんなが寝てても起きてくれていて~みたいなやつ。誰かわかるかな?
    俺まさしくあの通りに思ってたんだよな。

    かーちゃんはスーパーロボットで病気なんかしなくて誰より早く起きてみんなの朝飯と弁当作って、俺が反抗期でかーちゃんに暴言吐いても

    「どんなに言ってもあんたは私の子供なんだよーんw」

    と笑って受け止めてくれて。

    就職決まった時と親父がタヒんだ時ぐらいしか俺には涙を見せなくて、家計が苦しいの知ってたから給料をこっそり引き出しに入れといたら

    「あんたの金は将来の嫁さんと子供のもんだwいつ来てくれるかしらないけど貯めときなさいw」

    と返されたり。しかも中身増えてた。こんなかーちゃんが大好きで甘えてたんだよな。


    187

    664:
    おさかなくわえた名無しさん 2008/09/07(日) 18:52:58 ID:Tqd+qzbh
    数年前TV局が家に来て

    「生き別れのお母さんが捜してます」

    とか言ってきた。


    197

    641: 名無しさん@おーぷん 2015/01/15(木)16:17:36 ID:ot0
    母の再婚相手が連れ子目当てで、驚くことに娘の私ではなく弟がターゲット
    この場合バイと言えば良いのだろうか
    幸い具体的に何かされる前に母が気づいて離婚となったわけだけど
    その話し合いでなんと当の弟が義父についてきたいと主張した

    当時でも理由は分かる様な気がした
    母は再婚前、水商売でか細く稼いでいたから当時の生活に戻るのが嫌だった、とか
    家族仲が悪くて、下心がありとはいえ弟に優しい義父の好感度が
    姉の私や母よりも高かったんだろう、とかね
    さらにいえば中学生の弟が義父の性的趣向について深く理解が及んでなかったのかもしれん
    ちなみに義父はバブル期の典型的な成金社長で再婚により生活の質が百八十度変わってた

    私としては消極的に賛成だった
    進学も危ういような水商売の母子家庭と貞操が危ういけどお金持ちの子の、
    どちらが良いかなんて当時の自分は断言できず
    感情だけで言えば、嫌いな弟と義父が一緒に消えてくれるなら最高
    弟が希望してるなら罪悪感もないし、一人減れば元の生活に戻っても負担は減るだろうと
    弟よりか離婚後の生活のほうが気になっていた

    母は昔から子供に無関心で弟が付いていくといっても顔色一つ変えなかった


    187

    560: 名無しさん@HOME 2011/11/13 16:01:17.67 ID:???
    私と母は血が繋がっていない。
    仲が良く実の親子じゃないことも気にしたことはないのだが、私のトメがそのことをネチネチと言う。

    今日もアポ無しで来て、母の顔を見るなり「他人は出ていってくださる?」
    ただでさえ格下の家から貰った嫁だってのに、他人までついてくるなんて。
    この子は嫁に貰ったんだから介護なんてあてにしないでくださいよ。だって。


    150

    109:名無しさん@おーぷん2014/10/23(木)21:09:05ID:OBvuDOtAb
    昔の話だけど、弟と家の中でお宝探しと称してタンスを漁ってたら母ちゃんの真っ赤でスケスケで股のとこがクパッと割れてるクッソ派手なぱんつ見つけて遊んでたら父ちゃん帰宅。

    父ちゃんの目の前でぱんつのクパッ部分から指出して「ち◯こ!」ってやったら父ちゃんに無表情でぱんつ取り上げられたんだ。
    それから3日後、


    106

    479: 名無しさん@おーぷん 2015/08/08(土)08:20:57 ID:iXy
    うちの母は兄を超溺愛している。
    兄が結婚した時、正直言って「息子を取った!って嫁いびりするんじゃないかなー」と心配だった。
    でもそれは杞憂だった。母はびっくりするほど良い姑になった。
    実の娘のように可愛がった。本当の実の娘である私のことは相変わらず空気だったがw
    同居したがるとか、盆正月に無理に呼び出す事もなかった。

    しかし3年ほどして兄が浮気した。
    兄嫁がどうと言うんじゃなく、単純に新鮮味がなくなった、飽きたってことらしい。
    浮気がバレた時、兄は堂々と
    「他に好きな人ができたんだからしょうがない。経産婦の妻はもう女として見れない。
    妻が許さないというなら仕方ないから離婚する。父さん母さん弁護士頼んで」
    と実家に言いに来た。
    父も私も兄も、いつものように母が「息子チャンはしょうがない子ね~ハイハイわかったわ」と言うと思った。

    323:にゃんこ速報 2016/11/20(日) 10:58:58 ID:4Yl
    両親は50代、祖父母70代。祖母は嫁イビリばーさん。
    祖父母の家に行くと祖母が母をイビリまくり。
    祖父も父も止めず
    帰り際に祖父が「あいつがすまんな、Y子さん(=母)」と小声で謝って、
    父は帰りの車内で「いつもごめんな、今回だけ堪忍してくれ」と言う。
    これ↑がお決まり。
    1ヶ月もするとまた祖母から電話があり、父が「顔さえ見せりゃ黙るんだから、な?」
    と母にお願いのポーズをして、上のことが繰り返された。
    私と弟は中学生になると部活を理由に祖父母の家へ行かなくなった。
    行っても気分悪いだけだから。
    父は「~を買ってやるぞ」と懐柔しようとしてきたけど、
    (弟はたまにつられてたけど)私は盆正月以外は一切行かなかった。
    もともと祖母に可愛がられてないし、母ほどじゃないけど嫌味の対象にされてたからね。
    母はエネMEってやつで、「お父さんが可哀想だから」という
    よくわからない理由でいつもついて行っていた。

    なんやかやで私も弟も成人した頃、母が健診でひっかかった。
    なにか影が写ったとかで、CTとったり色々やった。
    祖母はその間も「早くタヒねばいいのに」的な嫌味言いまくり。
    さすがに父が怒って、「電話してくるな」と叱った。
    検査結果が出て、問題なしとわかった時は家族全員ほっとした。
    それを父は即、祖父母へ報告。
    祖母は電話してきて「私達に心配をかけたお詫びもかねて顔を見せなさい」
    父「心配してくれたんだって!行こうよ!」とお願いポーズ。
    私と弟はうんざりで、さすがに父を止めた。
    しかし思いがけず母本人が「行かない」とキッパリ言った。
    母「二度と祖父母宅へは行かない。今後祖母と会うのは、祖母が棺に入った葬式の席のみになるだろう」
    父、愕然。

    にゃんこ速報:名無しさん@おーぷん 2018/01/23(火) 01:50:20 ID:xjv
    母方の親戚は遺伝的な疾患なのか、皆小柄。男性は150cm台、女性は140cm台がほとんど。
    そんな中母は156cmと一族の中では高身長となり、
    親族達は「ついに呪縛から解放された子ができたか!」と喜び、末っ子だった母はかなり可愛がられたそうだ。
    が、皆小柄と共に共通しているのが「右足が悪い」
    加齢と共に足が悪くなり、還暦を迎える頃にはたいてい足をひきずらないと歩けなくなる。
    車椅子生活な親戚も多い。
    案の定母も足を引きずり、ゆっくりとしか歩けなくなった。

    私は165cmあって、親族から「さすが母の子だ!良かったね」と言われていたが、30歳を越えた今右足に違和感を覚えている。
    母に打ち明けると、「やっぱりね」と。
    自分では気づかなかったけど、私、しゃがむということができなかった。
    右足のかかとの関節がうまく曲がらなくて、右足だけつま先立ちのような形でしゃがんでいたらしい。
    (恥ずかしながら無意識だった。自分では普通だと思っていた)
    当然ウ○コ座り(ヤンキー座り)も無理。
    和式トイレが苦手だった理由もこの年になって分かったことが衝撃的だった。
    水泳は得意なのに平泳ぎだけ出来ない理由もこれか!と衝撃だった。
    (足首が曲がらないため水掻きが片方しかできない)

    もう1つ衝撃的だったのが、私含め母方親族は若い頃スポーツ万能なこと。
    私→市のマラソン大会で表彰経験有り、中高バスケ部
    母→短距離走で全国出場経験有り、卓球で国体出場
    母姉①→バレーボールで全国(略
    母姉②→テニスで国体(略
    母兄→柔道黒帯
    他にも従兄弟たちは小柄ながら皆サッカーやら野球やらで好成績。
    なのに皆成人してしばらくすると足が曲がらなくなるみたい。
    遺伝かよく分からないけど遺伝すごい。
    そして将来ほぼ確実に訪れる足を引きずって歩く日を想像してへこんでいる。

    にゃんこ速報:名無しさん@おーぷん 2017/04/23(日) 12:12:03 ID:ust
    愚痴というか吐き出したい。

    10歳の時に妹が生まれ、幼稚園に入ったら母が仕事を再開したので、私が妹の世話をするようになった。
    妹の世話は楽しかったし、周りにもいいお姉ちゃんだねいいお母さんになるねと言われて、完全にその気だった。
    自分は母性愛あふれる子育て上手なお母さんのイメージだった。

    でも自分が結婚して子供が生まれたら、全然楽しくない。
    妹みたいに幼稚園に行く年齢になったら楽になるかと思ったけど、やっぱり駄目。
    嫌になってネグレクトみたいにしてしまって、夫に母を呼ばれた。
    育児が辛い、妹の時みたいにうまく行かないと泣きついたら、妹は普通じゃないくらい頭が良かったんだと諭されてショックだった。

    うちの子は4歳でも掛け算ができない、名前も書けない、自分で本が読めない、2時間じっとして映画を見れない、将棋のルールを覚えない、電話に出て受け答えできない、おつかいにも行けない。
    どれも普通だと言われたけれど、妹はできていたもんと思って、慰められて嘘をつかれてるんだと信じてた。

    妹は学校の成績も悪かったし高卒でバイトだから、あの子の頭がいいなんて思ったことなんかなかった。
    学校の成績は、教師と仲が悪くていい点とっても怒られて、やる気が出なかったからさぼってたらしい。
    私が社会人になって家を出た後、学校でひどいいじめをされてから同年代の人間が駄目になって、大学進学しなかったと初めて知った。
    今のバイト先は年配者ばかりだから楽しく働いているらしい。
    貯金して、通信で大学行くんだってはりきってるらしい。

    妹は理由を言って駄目だと説明すれば、わがままを言わなかった。
    娘はいつまでもヤダヤダと言って泣く。
    これが普通だと言われても、妹と比べて不出来だと思ってしまう。
    せめて妹にブスとか性格が悪いとかメシマズとかのマイナスがあれば気が済むのに、それもない。
    娘は実家に預かってもらってるけど、妹とは気が合うみたいでまた辛い。

    10:にゃんこ速報 2016/03/06(日) 09:54:07 ID:RNa
    物静かでいつもニコニコしていたわが母が
    元夫に「こ○してやる!」と飛びかかった時が衝撃というか修羅場というか。

    夫が元夫になったのは、嫁いびり放置で私が病んだから。
    姑にやられた事は大したことないんだけど、アポなし訪問、作ったごはん強奪、
    元夫から合鍵もらって家探し(私の物だけ。夫の物はしない)
    嫌味、罵倒、携帯に罵倒満載の留守電を一日に何件も残す等々。
    元夫に訴えたが「それくらいいいじゃんw」で全部スルー。
    約一年で病んだ。
    今思い返すと当時は自分を病んでると思ってなかった。
    ある日、元夫が何かこっちに言った時「それくらいいいじゃんw」て言葉がスラっと出てきた。
    そしたら元夫が凄くビックリした顔をしたので面白くなって、以後ずっと
    元夫が何を言っても「それくらいいいじゃん、それくらいいいじゃん」て繰り返し続けた。
    ふざけてんのか!と怒鳴られても、ニヤニヤしながら「それくらいいいじゃんw」
    と言い続けた。
    元夫は最終的に気味悪がって近寄らなくなったけど
    元夫に対してはもうその言葉しか出てこなかったから言い続けた。
    姑は「キチ外、出て行け、ヱッタ!」と留守電わんさか。
    でも私が病んでたから同じく気味悪がってアポなし訪問は減った。
    その代わり窓の外から泥投げられたりした。
    私は泥掃除しながら「効いてる効いてるw」とか思ってた。病んでる自覚は全くなかった。
    不思議なんだけど、元夫と元姑以外には普通に対応できて
    仕事も特に問題なくこなせていた(事務で6割ルーティンなせいもある)。
    当時の同僚いわく「テンションが高くておかしかったけど、すごく上機嫌なんだと思ってた」だそう。
    一カ月くらいその状態が続いて、ある日親戚が果物を届けに来てくれた。
    親戚は私を見てギョっとした顔して、「何か辛い事があった?」と聞いてきた。
    覚えてないけど、私はすごくテンション高く返事をしたらしい。
    親戚から親に連絡がいって、翌日の夜、アポなしで両親が来た。

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