田舎


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    212: 名無しさん@HOME 投稿日:2007/01/16(火) 08:54:35
    最初は気持ち悪かったけど、所詮は狭い田舎に一軒しかないスーパー。
    一月も経てば田舎は挨拶必須だし、すぐ皆顔見知りになって私は気にならなくなってしまった…orz

    そういえばスーパーの店名、皆が店名じゃなくて経営してる一家の名字を言うから最初スーパーだとわからなかったなぁ。

    酒屋だろうと民宿だろうと、すべて経営者の名字で呼んでるのに気付いて覚えたのは半年後だった希ガス。


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    373:名無しの心子知らず@\(^o^)/2016/01/23(土) 22:41:58.59ID:ukrlO0yq
    2歳1歳×2(双子)持ち全員男児
    元々近距離義実家で週1か2ペースで義母がお世話しに来てくれてて私は本当にしんどくて寝てばかりだったし実家も親1時間圏内だから月1で母に来てもらって楽してたんだけど
    、最近義父がセカンドライフ()だとか言い出して田舎で農業やるとかで義実家を売り払い田舎に一軒家建てて引っ込んじゃった
    いつかは田舎に住みたいとよく言ってたけど、まさか可愛い孫とムチュコたん(うちの旦那のこと)ほっぽり出して行くとは全く思ってなかったのでボーゼン

    まあ実母にたまに来てもらおうと思ってたら、前々から趣味にしてたクラフト制作みたいなやつが商品化されるとかで最近は百貨店の人との打ち合わせや製作で大忙し
    旦那はそもそもいないも等しいので完全に詰んだ
    元からスレタイなら諦めもつくし頑張ろうと思えるけど2歳の上の子もまだまだ赤ちゃんだし下二人なんて完全に怪獣で手がつけられない

    常に床掃除と食事作りと洗い物と洗濯してる
    手湿疹が治らない
    タヒに方ばかり考えちゃう

    辛すぎるよ…一時保育は常にいっぱいだし、今は暇さえあれば格安シッター探してるけど、いつだかの千葉だか埼玉の事件になっても怖いしあーもうやだ


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    607:おさかなくわえた名無しさん2013/08/04(日) 10:03:41.00ID:wcot+2MT
    暑い時期になると思い出す、友人から聞いた衝撃話。

    ド田舎の銀行勤務の友人の、10年ほど前の勤務先は、ド田舎県の中でもド田舎の支店。
    それでも銀行だから

    「1円合わなかったら帰れない」

    はあったらしい。
    そんな中、上は麦わら帽子に男性用肌着、下はモンペなおじいさんが来店した。

    窓口に来て

    「誰か来てくれんか」

    と声をかけられ、友人が対応。

    ATMの使い方でも聞かれるのかな?と思ったら、おじいさんは

    「あそこにある金を口座に入金したい」

    というようなことを言いながら友人の手を引く。
    はいはいと付いて行ったら、炎天下の銀行前駐車場にリヤカー。
    満載の「なす」「ピーマン」「きゅうり」「トマト」等と書かれた段ボール。


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    661: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/01/08(火) 23:48:45
    某大手の役員の身内のうちの嫁さん。 
    最初は、その育ちから来る上品さと豊かな教養、豊富な話題に惚れた。 

    結婚して俺の田舎の実家に住み、田舎は退屈そうで不安だった。

    ある日のこと、

    「ねえ、あなた1人で遊びにいかないで連れてってください」

    ・・・・しかし俺の趣味は絶対に合わんのと違うか?
    試しに、海釣りに連れて行った。 
    俺の大事な釣竿を2本へし折ったorz 
    ひっかかったルアーを取ろうとして、海に転落した。 
    おまけに上下白の服だったため、濡れたおかげでスケ下着を大公開して 
    俺がコンビニにパンツ買いに行かされた。 

    化石掘りにも連れて行った。 
    岩にあてたタガネをハンマーで思い切りぶん殴って
    ハンマーが手から飛んで自分の額に当たり、うんうん言いながら帰ってきた。 

    川遊びに行きたいと言い出し、魚すくいの網を買ったつもりで 
    虫取り網を買ってきた。しかも2本。(「これ、あなたの分よ」とのこと) 
    仕方なく、いいトシしてセミ捕りにでかけた。 

    近所の沼に出かけて、ペットボトルに水を汲んできて顕微鏡で覗いては
     
    「ツリガネム~シ♪ ミドリムシ♪」

    と不思議な鼻歌を歌っている。 

    学生時代はちゃんとした都会の娘だったのになあ・・・・
    でも、田舎で開花した奇行も含めて大好きだ。

    あんまりこういう女おらんしw


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    253: 本当にあった怖い名無し 2009/08/05(水) 22:40:05 ID:FqgJjAm0O
    全く怖くないと思うんだけど一応書いておく。 

    俺はかなり田舎に住んでたんだけど、ソコは開発される前は
    結構タヌキとかハクビシンとかが家の前に出て来たりするような場所だった。

    そんな俺の近所で10年くらい前のある時、男性がいなくなったんだ。
     
    まあ家族も何故かあんまり心配してないみたいだったんだけど 
    2日後に、山で遊んでた子供が人のタヒ体を見つけて大騒ぎ。 

    警察が調べたら骨にタヌキらしき歯形がついていたらしく
    町総出で罠仕掛けたりして大量のタヌキをコロした。

    俺とかもタヌキは悪い動物とは思ってなかったけど仕方ないかあ。って感じだった。

    ところがタヌキもほとんど見なくなったのに2人目の犠牲者が出た。
    こっちは木にぶら下がってたからこれはタヌキじゃないってますます騒ぎになった。

    この謎の真犯人は意外なヤツだった。


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    730: 730:2011/08/27(土) 18:03:29.77 ID:eKz1w9J/0
    ネタくさい話。正直、俺も当事者じゃなかったら信じない。

    実は俺、中学の時にタヒのうと思ってたんだわ。スッゲーいじめにあってて、教師も見て見ぬフリ。両親はW不倫で俺に興味ナシ。身体中に痣があって、その日は顔もボコボコで、もう息をするのも辛かった。

    で、結構な田舎だから、定番の『入っちゃいけない場所』があったのよ。ヤンキーとかも、なぜか入らない。本当に触れちゃいけない場所だったんだと今では思う。

    張り巡らされていたロープ…というよりは、なんか変な紙の塊が帯になったものをくぐって、道なき道を歩いていたら、少し開けた場所に出た。


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    698: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)15:11:35 ID:mnM
    母親がやったことだけど。
    叩かれるかも…というところがあるかもしれません。

    ドがつく田舎の小学校に通っていた時に、些細な理由でいじめられてた。
    一年生の頃から「チャックの筆入れを使ってるから」など本当にしょうもない事でターゲットにされ
    女の子グループで固まって、無視や陰口、たまに上履きの中に画鋲を入れられたりした。
    暴力がないだけましだったのかもしれないけど、人数の少ない学校だったからかなりつらかった。
    親や先生に相談して、形だけの話し合いの場が持たれたことは何度もあったが、
    喉元すぎれば…ですぐに再発。しかも内容がさらに陰湿になる。どうしたって無駄だと悟った。
    四年生になった頃、とにかく同じ中学に行きたくなくて、他の市の中学に行くために受験勉強を始めた。
    地元から離れた塾に通いだし、勉強で忙しくなると、学校でのいじめがあまり気にならなくなってきて
    何をされてもスルーし、男の子と遊ぶようになった。(男子は女子の事には関せずの立場だった)
    私が好き勝手するようになると、いじめられたくなくてグループに属してた気の弱い女の子たちが
    一人、また一人と徐々に私と男の子のグループに混ざってくるように。
    いじめられた事を許したわけではなかったけど、いじめっ子側に回るのは嫌だったので一緒に遊んだ。
    気が付けばほとんどの女の子は私や男の子たちと遊ぶようになっており、ボスとその取り巻きたちはポツン。
    ボスたちをいじめ返そうと私を煽る子もいたけど、私のやる気がないことを悟ると何も言ってこなくなった。

    一方の受験勉強の方は、見返してやる!という意気込みが功を奏したのか、思いのほか学力が伸びて
    県内で一、二を争うくらいの国立中学校に合格することができた。(これにはいじめっ子たちに感謝している)
    いじめもなくなったし、良い中学に進学できるし、友人もたくさんいるしで、
    私の中でいじめの件はもう片が付いたことというか、過去の事という扱いになっていたのだけど
    ずっと娘がいじめられている様を見ていることしかできなかった母は、一矢を報いたかったんだと思う。
    受験勉強が大変だった私の代わりに、卒業文集に載せる作文を母が代筆してくれたんだけど
    その内容が


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    528:
    名無しさん@HOME2010/01/16(土) 15:14:16 0
    堕胎といえば…

    旦那の実家がすっごい田舎で、未だに玄関前にわけのわからんもんを吊るしたり、何やらの日には何を食うな、何を食え、何をするな…とやたらとしきたりだの迷信だのが生きてる地域。

    で、私が妊娠した時に旦那が実家に電話で報告したら、偉い説教された末、堕胎しろといわれた。
    出産する年にちょうど弟の結婚式があって 、「祝い事が重なると幸せを食い合ってどっちも不幸になる」ということらしい。

    そういや、私と旦那が結婚した年も旦那側の従弟が結婚するという話が浮上して
    「うちの息子の結婚が先に決まったから親族はうちの結婚式に出るべき」

    「いや、格はうちのほうが上なんだからうちの結婚式に親族が来るべき」

    とケンカになったとか。(1年で1度しか結婚式出ちゃいかんらしい)
    結局、従弟側の結婚の話というのが親の先走りで、翌年以後の話ということで丸く収まったけど。

    子供生まれた時は私が厄年だったら、病室で義母が
    「子供を十字路に捨ててくるからよこせ」

    って大騒ぎした。


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    07/11/15
    うちは田舎のある村で、ほんの数年前まで商店をやっていた。

    何代か続いたお店だったが、スーパーの影響で閉店に追い込まれ、父が最後の店主だった。父の先代はAさんという。

    Aさんは若くして店を継ぎ、嫁さんをもらった。その嫁さんが俺の祖母だ。でもAさんは祖父ではない。Aさんは祖母と結婚後、まもなくして亡くなってしまった。

    祖母は店の跡取りを作るため、婿(むこ)を取ったのである。この婿どのが俺の祖父だ。つまり、うちはAさんの姓こそ名乗っているものの、Aさんの血を引く人間は誰もいないのである。


    祖父は一家そろって満州(まんしゅう)にいたらしい。で、戦争に負けて祖父だけが帰ってきた。身寄りのない祖父は喜んで婿に来たという。

    (うちの地方では、婿に行くのは男としてとても恥ずかしいことだと言われている。なので婿は名前で呼んでもらえず「〇〇んちの婿」とバカにした感じで呼ばれる)

    俺が中学生の時のこと。満州で離れ離れになり、生タヒも分からなかった祖父の弟が見つかった。いわゆる中国残留日本人というやつだ。

    ただ、残念ながらすでに亡くなっていて、遺品などから身元が判明したそうだ。弟さんには息子がいて、その息子さんが来日することになったのである。

    にゃんこ速報:名無しさん@おーぷん 2018/01/09(火) 10:06:53 ID:ew0
    私が通ってた小学校・中学校は図書室が無かった
    周りにその話をすると、そんな学校あり得ないと嘘だと思われるんだけど、本当に無かった
    村唯一の小さな図書館も家から8キロ離れていて、しかも歩道どころか舗装されてない道を通っていかなくちゃいけなくて
    バス代も往復で1000円近くかかった
    学生の頃は貧しくお小遣いもなく、共働きの親にお願いしなくては通えなかったし、貸出の期限を守れる保証がなくて、気軽に借りられなかった
    だから、家にある両親の本や、幼い頃に親戚が買い与えてくれた日本昔話、グリム童話、アンデルセン童話、イソップ物語なんかを何度も何度も暗唱できるくらい繰り返し読んでいた
    そんな私の本に纏わる思い出

    小学校の頃、新しく赴任してきた担任が「本を読めないなんて可愛そうだ」ということで、クラスの子たちに「おばけになったアサガオのたね」を貸してくれた
    名簿順で読んだら次の人に回すのだけど、私は一番最後だった
    先生は一人一週間の計算だったみたいだけど、春から始まり、季節がめぐり、冬になって指折り数えても、本が回ってくることがなかった
    私は母に「こんなのまわってくるわけない!」と愚痴を話していて、母はある日、その本を本屋で買ってきてくれた
    私は待ちきれずに学校の休み時間もその本を読み続けた
    久々の本が嬉しくて、二回、三回と読んだと思う
    三学期のはじめ、先生の本が行方不明になっていたことが判明した
    誰のところで無くなったのかわからなくて、先生は「人から借りたものを無くすのは人として最低なことだ」と説教を始めた
    すると何人かが「名簿順が最後なのに私子さんがその本を読んでいました」と発言した
    とんでもないことが起こったと思った
    私が本を好きなことはクラスで有名だった
    先生の本を待ち遠しく思っていたことも知っていた人は多い
    待ちきれずに私が盗んだんだと教室の空気はすでに結論が決まりきっていた
    私は泣いて否定したが、先生は私をかばってはくれなかった
    私から帯付きの、とてもきれいな状態の本を取り上げ、「恥ずかしいことをした」と静かに告げた
    その時の私はまだ、本の後ろに重版を証明する術があることを知らなかった
    私は盗みという卑劣な犯罪者に成り下がってしまったことを母にも打ち明けられなかった
    それから私はクラスでいじめの対象となった
    一クラスしかない小さな小学校で、その後立場が変わることはなく
    誰かが物を失うたびに私のせいにされた
    数年後、私の妹がその担任に当たったとき、やはり「おばけになったアサガオのたね」を貸し出していたが
    その時、背表紙にマジックで私の名前が書いてあったのを上から塗りつぶしてあるのを見て、妹だけは何かを察したようだった
    妹に人生の汚点を知られてしまった気分だった

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